消費される人材として生きたくはない。

資本主義社会において、人事の制度で消費物のように人間を扱う会社は、ブラック企業だと思います。常に入れ替え可能で、ごみのように消費しつくした人をポイっとする会社。そんなところで働きたくないと思う人は結構いると思う。ただ、現代において、そういう会社に勤めている人は結構いると思っている。

生きるために働くという認識で、自分の生まれた意味とかも考える暇もなく、働きまくっている人。家族のため、子供のため。という意識で老骨にムチを打っている人に向かって「消費される存在ですか?」と安易に問いかけることはできない。

世の中、公務員でない限り、一生懸命に働いても会社が倒産したり、リストラの対象となり露頭を迷う人が今は珍しくなくなった。はたから見て、会社の食い物にされているように見えても、本人の強い意志によって働いている人は、そう簡単に割って入って指摘することは難しい。

ただ、僕が働いていて、そういう認識が出てくるようになったら、中々我慢できないんじゃないかと思っている。実際に人材をそうやって扱う企業の噂話や、ニュースでの過労死報道などを聞いたり見たりすると一層にそう思う。現実は厳しいのだ。

例え消費されるように扱われても、それを非難できず、泣き寝入りの状態で日々過ごしている人がいるし。苦しんでいても、それを改善することができない人もいる。そうやって追い込まれて結果的に自殺するようなはめになったら、元も子もない。これは、僕個人の問題ではなく、社会全体で悩む問題なのだろうなと思っている。