エコを意識すれば節約生活にもつながる

最近、エコについて考えるようになってきました。たとえば買い物に行く時のエコバックの活用はもちろんのこと、なるべく自家用車は使わず自転車や徒歩で行動するようにするとかです。そしてこうしたエコに関することは家計の節約にも結びつくことに気が付きました。

自分の家計簿に買い物した物品、交通費、光熱費から医療費まで細かな事柄まで記入しているのですが、エコを意識するだけで無駄な買い物というのが減ってきている気がします。

自分がどのくらい地球に優しい買い物をしているかがわかれば、勉強にもなるし、見直しもできます。省エネのやる気もアップします。家計簿をつければお財布の中の残りのお金もわかりやすいので、お財布の管理も簡単になるし、一石二鳥です。

そして家計をスマートにしていきたいということは誰もが考えることですが、中でも電気の自由化はとても多くの関心を寄せている人もいるでしょう。電気はなくてはならないものですが、たくさん使用すると家計を苦しめることにもなります。

ですから費用面でも快適に使うことができるように、電力自由化について勉強していきましょう。特に本で読むとわかりやすく、復習することもできるので良いでしょう。

メンタルヘルスが重要な時代になっている。

社会人になって、いろいろな出来事を経験して、その後何かの事情でメンタルに問題が出てくる人は最近珍しくないと思っている。過労の末にうつ病になったりすることは今は珍しいことではなくなった。僕自身も、メンタルの問題で精神科に通い服薬している。

病院に行くと、沢山の患者がいて、疲れきった表情をしている人をよく見かける。僕はそういう人を見て、それを他人ごとだとは思えないと思っている。日本は、メンタルをやられた人に対して、厳しい社会だと思っている。

それは民間で働いている精神障害者の数がものすごく少ないという統計から読み解くことができる。日本では約400万人の人がなんらかの精神疾患にかかっているという。しかも、その数は年々すごいスピードで増えているというのだ。これについては、健常者の人も他人事と思わずに考えてほしいものだと思っている。

また増加傾向に歯止めがかからない世の中が続くのであれば、それを社会全体の問題と捉えて、数が増えないように、対策を練る必要があると思っている。今は医療の進歩もあり、精神障害者の人でも完解していれば、普通の人と同じように働くことができるようになった。

今は労働人口が減り、働き手が少なくなる時代になりつつある。外国人労働者や人工知能など、日本人以外の存在が、労働環境を奪っていく世の中で、完解した患者を働き手としてもっとカウントしてくれるようになると、患者にとっては大変助かる話になるなと思っている。

消費される人材として生きたくはない。

資本主義社会において、人事の制度で消費物のように人間を扱う会社は、ブラック企業だと思います。常に入れ替え可能で、ごみのように消費しつくした人をポイっとする会社。そんなところで働きたくないと思う人は結構いると思う。ただ、現代において、そういう会社に勤めている人は結構いると思っている。

生きるために働くという認識で、自分の生まれた意味とかも考える暇もなく、働きまくっている人。家族のため、子供のため。という意識で老骨にムチを打っている人に向かって「消費される存在ですか?」と安易に問いかけることはできない。

世の中、公務員でない限り、一生懸命に働いても会社が倒産したり、リストラの対象となり露頭を迷う人が今は珍しくなくなった。はたから見て、会社の食い物にされているように見えても、本人の強い意志によって働いている人は、そう簡単に割って入って指摘することは難しい。

ただ、僕が働いていて、そういう認識が出てくるようになったら、中々我慢できないんじゃないかと思っている。実際に人材をそうやって扱う企業の噂話や、ニュースでの過労死報道などを聞いたり見たりすると一層にそう思う。現実は厳しいのだ。

例え消費されるように扱われても、それを非難できず、泣き寝入りの状態で日々過ごしている人がいるし。苦しんでいても、それを改善することができない人もいる。そうやって追い込まれて結果的に自殺するようなはめになったら、元も子もない。これは、僕個人の問題ではなく、社会全体で悩む問題なのだろうなと思っている。

かっこいいと思ったものがそうでなくなる時

少年時代に目を輝かせて見ていた戦隊物のテレビ番組に、今はトキメかない人は少なからずいると思う。当たり前の話かもしれないが、成人してなお、そういう番組に熱中しているとすれば、回りから見れば変わった人と思われても仕方がない。年齢制限が課せられているものが別としても、現代ではほとんどが見れるものだし、30歳だからアニメを見ちゃいけませんとか、あるいは30歳以下でしか見れないとか、そういうことはない。

仮にそういう制度があったとしたら、いろいろと支障がでてくるし、反感を持つ人もいると思う。ただ、暗黙の了解のようにこの年齢で(30歳くらい)、その番組に熱中しているのかよ。というのは各人の意識の中であると思う。

そういうときに、考えるのは、この人は幼稚なんじゃないか? と思われることである。それはある意味恥ずかしいものだし、処罰の対象にはならないが、世間の目からしてみると、アウトとカウントされてもおかしくない。子供の時代は、かっこいいと思っているものでも、大人になると、それほどでもない。

ということは、そういう世間体によって出来上がっている意識だと思う。もちろん、おもちゃとかには、対象年齢が設定されることも多く、その対象年齢とはターゲット層と置き換えてもいいかもしれないが、6歳以上を対象としていたとしても、30歳が、そこに夢中になっているのなら、キモイと思われても仕方がない。

そう考えたとき、少年時代にあった価値観が、いつか失われるものとしてあることに、寂しさを感じてしまうことがある。